突然の解雇

                        
(前回の話はカテゴリー「はじまりとおいたち」の「ちょっとした手助け」をご覧ください。) 社長に依頼され会社の売上げアップ案を提示した。 案の実現、継続にはドライバーの給与の見直しが必須であり、そのため給与体系の見直しを条件に含めたものであった。 それから間もなく、夏のボーナス支給日の前日のことだった。 朝出社すると私のタイムカードがなくなっていた。 私の事務机の引き出しの中が空っぽになっていた...
(前回の話はカテゴリー「はじまりとおいたち」の「ちょっとした手助け」をご覧ください。)

社長に依頼され会社の売上げアップ案を提示した。
案の実現、継続にはドライバーの給与の見直しが必須であり、そのため給与体系の見直しを条件に含めたものであった。

それから間もなく、夏のボーナス支給日の前日のことだった。
朝出社すると私のタイムカードがなくなっていた。
私の事務机の引き出しの中が空っぽになっていた。
しばらくすると社長室に呼び出された。
「明日から来なくていいから。仮に出社しても給料は出しませんから。」
そう告げられた。解雇、であった。
解雇
そのあと、号泣しながら車を運転して帰宅したのは覚えている。
おそらく半狂乱の状態だったのではないかと思う。

(Iliust by IliustAC 挫折シリーズOL)


突然解雇された翌日、テレビから「あたらしいタクシーの試験運行が今日から開始」というニュースが流れてきた。
あたらしいタクシーはささやかな手助けではなく、経済貧富の差により利用できる人もいれば、利用できない人も出てくるであろうものだった。
商標登録によってそれはフランチャイズ展開されていった。
ドライバーの給与はこれまで通り、仕事だけ増えた、と元同僚から聞いた。
なぜ私を解雇したのか、おのずとして分かった。
あたらしいタクシーはその後も新聞やマスコミで大いに取り上げられた。
「ささやかな手助け」という想いは伝えられないまま、その報道を見るたびに私は涙した。

会社からはボーナスはおろか、解雇予告手当(解雇の30日前に予告をしなかった場合、企業は30日分以上の平均賃金を支払う義務がある)も支払われなかった。 労働基準局に行き相談したが、今後会社を是正することは出来ても罰することはできない、ということだった。
民事で争うしか方法はない、ということだった。
裁判しましょう、と労働者を応援する組織から声をかけられたが何年もかかると聞いて諦めた。

突然の解雇後、私は人間不信に陥った。
人前でうまく話せなくなってどもるようになってしまった。
何もかもの自信を失っていた。
解雇された会社に通じる道路を車で走行すると嘔吐した。
外出が出来なくなった。しばらく社会に出られなくなってしまった。
引きこもりになってしまった。

それから一年ちょっと経て、このままではいけない!と思い始めた。
今の自分に出来ることは何?
何から始めればいい?
そんな思いがぐるぐる頭を回った。

そんな時、二種免許取得時にお世話になった恩師が「中型自動車免許がもうすぐ新設される。今のうちに大型自動車二種免許を取っておかないか?」と声をかけてくれた。
二種免許を取得しているものの、はっきり言って運転は下手くそな部類である。しかし、 とりあえず挑戦してみよう、と決心した。
とにかく何か始めないと…、そんな思いだった。

外出もままならなかった日々が、自動車教習所に通う日々に変わった。
大型二種免許を取得した。
全く失っていた自信を少し取り戻せたような気がした。
でも、まだ社会復帰は無理だった。

そのまま、大型特殊、牽引、…他の免許を取得していった。
全ての車両免許を取り終える頃、ずっと忘れてしまっていた達成感を感じることが出来た。
自信が少しづつ取り戻せてきたように感じた。
大好きだったタクシーの仕事はトラウマがあって戻ることができなかった。
しかし将来、いつかまた戻りたいと思った。

取得した免許を生かし、非正規雇用ではあったが、とりあえず検診バスの運転手として社会復帰した。

解雇された会社は創業30年以上の会社であった。
先代社長亡き後、私を解雇した社長が継いだのだが、解雇から二年もたたずうちに会社は潰れることとなった。

商売にはハートが必要だ。
つくづくそう思えた。
(注意:解雇は勤務していた会社社長の一存によるものであり、記事内容は現存している組織団体、その組織団体が現在行っている活動とは無関係です。)

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ちょっとした手助け(おいたちより)

                        
(前回の話はカテゴリー「はじまりとおいたち」の「タクシードライバー」をご覧ください。) 雨上がりの路上で見かけた光景からひらめき、タクシードライバーになり、それから数年過ぎた。 渡瀬恒彦さんのドラマ(タクシードライバーの推理日誌)じゃないが、タクシーの仕事はお客さんを乗せた瞬間からドラマが始まる。 そして降車時に「ありがとう」とニコニコと降車されていくお客さんを見届け、ありがたい気持ちでいっぱい...
(前回の話はカテゴリー「はじまりとおいたち」の「タクシードライバー」をご覧ください。)

雨上がりの路上で見かけた光景からひらめき、タクシードライバーになり、それから数年過ぎた。
渡瀬恒彦さんのドラマ(タクシードライバーの推理日誌)じゃないが、タクシーの仕事はお客さんを乗せた瞬間からドラマが始まる。
そして降車時に「ありがとう」とニコニコと降車されていくお客さんを見届け、ありがたい気持ちでいっぱいになる。 そんなタクシーの仕事が大好きだった。

平日の昼間の時間帯はお子さん連れの親子(母子)がタクシーを利用されることが結構ある。
ベビーカーや授乳用品など荷物を持っての移動である。
休日は夫に手伝ってもらえるが、母子のみで移動となると色々大変だ。
ずっとひとりで子育てをしてきたこともあり、その大変さはよく分かっていた。

こどもの乳児検診で出かけた時も、まだ首がすわっていない子どもを抱きかかえながら下駄箱で靴の脱ぎ履きをするのでさえ大変だった。
ほんわか そんなとき、近くに居た人が「どうぞ」と靴を下駄箱から取り出してくれた。
ちょっとした手助けがとてもありがたかった。
心がほんわかあたたかくなった。
靴の脱ぎ履きに限らず、行く先々でちょっとした手助けにふれる機会があり、感謝することが多々あった。

自分のこどもの手が離れてきたとき、
これまでに誰かにしてもらって嬉しかったこと、助かったことを、私もまた誰かにしてあげよう、
私はそう思っていた。
タクシーの仕事ではその機会がたくさんあった。

親子連れのお客さんだと玄関先までベビーカーを押して行って、母親がバッグの中から家の鍵を取り出し鍵を開けるまで赤ちゃんをみていてあげたり、etc、…
ほんの些細なことであるが、私自身が「ありがたかった」「本当に助かった」と思えたこと、それらをタクシーの仕事の中に織り込んでいった。


ある日のこと、勤めていたタクシー会社社長から「会社の売り上げを上げるための策を考えてくれ」と依頼される。
しかし、「近距離客には冷たい」など世間がタクシーに抱いているイメージや、違法な給与体系が変わらないことには売上アップは難しいと思われた。

完全歩合制のもとでは、二時間ちょっと客待ちをしてやっと乗車したお客さんがワンメーターであった場合、ドライバーの収入は時給換算で百円台である。ドライバーにとってこれは死活問題で、そのためお客さんに露骨な態度を取るドライバーもいる。
違法な完全歩合制がなくならない限り、「わざわざお金を払ってでもタクシーに乗ろう」という人が増えることはないだろう。

私は給与体系の見直しを行うことを条件とし、売上アップ案を社長に提示した。
案は子育て支援のNPO法人とコラボを組み、子育てを支援するタクシーを走らせる、NPO法人とコラボを組むことで会社の宣伝にもなる、というものであった。
なによりも私が願っていたことは、会社の売上アップはもちろんのことだが、世間やタクシー界において、ちょっとした手助けが当たり前のことのようになってほしい、ということであった。
それは私がタクシーの仕事を始めたきっかけでもあった。

ドライバーには運転業務以外にサービス提供の業務、それに要する時間が発生する。そのため、その分の時間給or手当をつける、ということを条件に提案した。

社長は私の案を採択した。
コラボを組んでもらえるであろうNPO団体はあらかじめ調べてあった。
私はその団体の連絡先を社長に伝え、次のステップに向けてアクションをとるようお願いしたのであった。
(次回につづく)

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タクシードライバー

                        
ひとりで子育てしながら生計を立てるために最初は生命保険の外交員として働いたが、将来に渡り外交員を続けていく自信がなく、次の仕事を探していた。 次に選んだ仕事はタクシードライバーだった。 その仕事を選んだのはほんの小さなキッカケから、であった。 急なドシャ降りの雨が止んだあと、横断歩道がある交差点で信号待ちしていた。 さきほどの雨で路肩にはところどころに水たまりができている。 そのとき、対面(横断...
ひとりで子育てしながら生計を立てるために最初は生命保険の外交員として働いたが、将来に渡り外交員を続けていく自信がなく、次の仕事を探していた。
次に選んだ仕事はタクシードライバーだった。
その仕事を選んだのはほんの小さなキッカケから、であった。

急なドシャ降りの雨が止んだあと、横断歩道がある交差点で信号待ちしていた。
さきほどの雨で路肩にはところどころに水たまりができている。
そのとき、対面(横断歩道の向こう側)に一台のタクシーが停車した。

後部ドアが開いたものの、乗客がなかなか降りてくる気配がない。
後部座席に目をやると、乗客は初老のご婦人。杖が見える、足が少しお悪いようだ。
水たまりをまたぎながら降車するのが難しく、ためらっておられるようだ。

車道を挟んだ信号待ちでその光景を見かけたので、その場に行って助けてあげることができない。
ドライバーが少し車を前に移動させて水たまりを避けるか、降りて乗客の手を引いてあげれば降りられるのになぁ、私ならそうするのになぁ…。」そんな風に思いながらその光景を見ていた。

この時だった。
「そうだ、タクシードライバーになろう!私がタクシードライバーになればいいんだ!」
私はそう思った、そうひらめいた。

すぐにタクシー会社に面接に行き就職、二種免許を取得した。

タクシー


一番最初のお客さんを乗せた時は緊張のあまり、
乗車ボタン(運賃を計算するタクシーメーターのボタン)を押し忘れ、降車時に料金を告げようとした際にそれに気づく、というドジをやらかした。
幸い、近距離の常連のお客さんだったので「いつもの料金」を頂戴し、事なきを得た。

それとは逆に、お客さんが降車したあともメーターを入れっぱなし、というミスもある。
この場合、余分に走った料金はドライバーが自腹を切らなければならない。
遠距離のお客さんを乗せた際、行きのメーターは忘れずに押したにもかかわらず、帰り(降車時)に降車ボタンを押し忘れる、ということはベテランドライバーでもたまにある。これはあまりの嬉しさで舞い上がるためであり、儲かるどころか2万円超えの自腹を切る羽目に遭ったお気の毒な先輩ドライバーも居た。

タクシードライバーの仕事は楽しかった。やりがいもあった。
しかし生活をやっていけるだけの給料がなかった。

完全歩合制というのはたしか違法だと思うのだが、タクシー業はいまだ完全歩合制のところが結構多い。
ご多分にも漏れず、私が勤めた会社もまたそうであった。
タクシー仕事の合間に会社の事務、営業の仕事をやって10万円そこそこ、休日なく寝る暇なく働いてやっと食べていける収入だった。
そのうちにここに介護の仕事が加わった。
障害を抱えた児童、介護が必要な方の自立支援、居宅介護を行う事業を会社が始め、私がその要員となった。業務で必要なヘルパー1級の資格も取った。
タクシー乗務のかたわら、外出支援や食事や入浴の介助といったヘルパーの仕事もやった。
それら全ての業務を含め、タクシーの仕事は楽しかった。
やりがいがあった。

この仕事で生活していくには営業で顧客を増やし、自分で仕事をとっていくしかない。
私はくまなく営業に回って顧客、仕事を増やし続けた。
給料は入社当初は7~8万円だったのが倍ほどの金額になっていった。
生活は苦しかったが、この仕事を一生の仕事にしていこう、
私はそう思いながら働いていた。

ちなみに、乗務しているときは無線で配車される仕事より、「流し」(業界用語で街中を走って乗客を探す営業)の仕事が好きであった。

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パソコン今昔

                        
先日の記事「さすらいの仕事人」で私がプログラマの仕事から離れ、数年の後に復帰しようとした際、すっかり浦島太郎になっていたと綴ったが、その時IT業界では一体何が起こっていたのか? 私と同世代の方(私の年齢は半世紀)はパソコン環境が今と昔では大きく変わっていったことをよくご存知かと思う。 お若い方はご存知ないかもしれない。 今日は昔を懐かしみながらパソコンの今昔について綴っていこうと思う。 (い...
浦島太郎 先日の記事「さすらいの仕事人」で私がプログラマの仕事から離れ、数年の後に復帰しようとした際、すっかり浦島太郎になっていたと綴ったが、その時IT業界では一体何が起こっていたのか?

私と同世代の方(私の年齢は半世紀)はパソコン環境が今と昔では大きく変わっていったことをよくご存知かと思う。
お若い方はご存知ないかもしれない。

今日は昔を懐かしみながらパソコンの今昔について綴っていこうと思う。 (いつもより記事が少し長くなるがご容赦願いたい。)


1980年代、その頃はインターネットという環境がまだなかった。 当時のパソコンは電源を入れると真っ黒な画面に文字が並び、キーボードから文字を入力して操作するCUI(キャラクタユーザインタフェース)のパソコンであった。
CUI.png(CUIの例)

そんな中、Apple社が一般ユーザー向けにグラフィカルな画面上で アイコンやメニューボタンで操作するGUI(グラフィカルユーザインタフェース)搭載のパソコン、Macintosh(Mac)を発売する。
Macは使い易さからとたんに売れる。
日本市場でも電気屋さんの店頭にはMac機がズラ~っと並んだ。(このあたりの時期に私はプログラミングの仕事から離れた。)

Apple社は他社を抜きん出ていた。が、「ソフトや周辺機器は全てAppleのパソコンでのみ動きます。他社パソコンでは動きません。だからうちのパソコンを買ってね」という路線をず~っと貫いていた。

これに対し、IBM社は自社のパソコンの内部仕様を公開し、「うちのパソコンの中身をお見せするので、好きなように開発してうちのパソコン用の対応ソフトや周辺機器をいっぱい売ってちょーだい」という路線をとった。(オープンアーキテクチャという。)
これによりIBMパソコン対応のソフトや周辺機器が多様に開発され、広く普及した。そして今度はIBMのパソコンが売れ始めた。

次はIBMの時代か?と思いきや、そう長くは続かなかった。
IBM社は内部仕様を公開していたため、「周辺機器やソフトを開発するよりも、パソコン本体を作って売った方がお得じゃん」と考えたメーカーがIBMのパソコンをまねたパソコン(クローン)を誕生させたのだ。
IBMのパソコンをまねたパソコン(IBM PC/AT互換機)は複数のメーカーでソフトや周辺機器が利用できて安価であったので、こちらの方が売れるようになる。このIBM PC/AT互換機が現在のパソコンの前進である。

日本国内でもIBM PC/AT互換機が発売され、日本語が利用可能なNECのPC-98シリーズが一時は市場を独占した。
電気屋さんの店頭には98シリーズのパソコンがズラ~っと並んだ。
高価すぎて買えなかった私は、指をくわえながら店頭で眺めるのみであった。

その後IBM社が日本語が使えるOS(DOS/V)を発表し、国内販売のPC/AT互換機にはDOS/Vが搭載されるようになった。(DOS/V機
NEC独占市場は終わり、様々なメーカーのパソコンが店頭に並ぶようになった。
1990年代の初めにDOS/V機はMicrosoftのWindows3.x日本語版と、Macに劣らないほどのGUIをサポートするようになる。このあたりからパソコンは一般家庭にも広く普及するようになっていった。
(後にApple社はGUIの著作権でMicrosoft社を訴えるが敗訴する。)

ここまでの期間は本当に激動の時代であった。
そしてそれを最終的に制したのはOSであるWindowsであった。

1995年にはWindows3.xの改良版であるWindows 95が発売され、世界的にヒットした。 世界中にパソコンが普及した。
これによりWindowsベースでのプログラミングが多用化し、COBOL使いであった私はすっかり浦島太郎になってしまった。
Windowsはその後、Windows98、Windows2000、Me、Vista、Windows7、Windows8、Windows10と展開。
パソコンの普及・発展と同時に情報通信網も発展し、インターネット環境がどんどん拡充されていった。

昔と違って、今やパソコンを使えばいつでもどこでもリアルタイムに情報のやりとりができる。
働き方や生活の在り方、コミュニケーションのとりかた、あらゆることが大きく変わった。

こうしてブログを書いているのもなんだか感慨深いものがあるのであった。

ちなみに、個人的にはWindowsは嫌いである。
だが「仕方なくWindowsを使っている人」、なのであった。(Linuxが好き)

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思わぬ出来事(携帯電話編)

                        
前回に引き続き、今回も身近で起こった思わぬ出来事を。 それはラーメン屋で起こった。 注文したラーメンが運ばれてきた。 お箸を片手に「さぁ食べよう!」という瞬間に携帯電話の着信音。 電話に出ようとすかさずケータイを手に取った 瞬間、手がすべり、 (photo by photoAC) なんと、 ケータイがラーメンのトッピングになってしまったではないか!! 水没ではすぐに水気をよくとって電源を入れると助かる場...
前回に引き続き、今回も身近で起こった思わぬ出来事を。

それはラーメン屋で起こった。
ラーメン
注文したラーメンが運ばれてきた。
お箸を片手に「さぁ食べよう!」という瞬間に携帯電話の着信音。
電話に出ようとすかさずケータイを手に取った
瞬間、手がすべり、

(photo by photoAC)

なんと、
ケータイがラーメンのトッピングになってしまったではないか!!

水没ではすぐに水気をよくとって電源を入れると助かる場合が多い。
すぐにケータイをラーメンから救出し、汁気をとってみたものの、電源が全く入らない。

このケータイには膨大なデータが入っている、
データだけでもなんとかして拾い出したい。
すぐに携帯ショップに向かった。

携帯ショップ
店員 「お客様、水没ですね?」
私   「いや、それが…、
       水没じゃなくてラーメン没です!」
店員 「は?」

「ラーメンを食べようとした時に電話がかかってきて、(かくかくしかじか)…」その時のもようをジェスチャーを交えながら説明する。

ケータイをラーメンに落としたという客は「初めて」らしい。
「お気の毒なことであり笑ってはいけないんでしょうが、ラーメンに…、ですか(笑笑笑)」と店員。 ウケを狙ってはいなかったが、やはりウケてしまった。

いちおう水没時と同じ処置(バッテリーを取り外してよく拭き上げてドライヤーで乾かす)をとってくれたが、電源は入らない。
店員「すぐに水から…いや、ラーメンから引き揚げたんですよね?水没ならこれで電源が入ることが多いんですが、駄目みたいですね。おそらくラーメンの塩気にやられたんでしょうね」

たしかにこれまでに水没させた時は、先の処置でなんとか電源が入っていた。
しかし今回の場合、一瞬で逝ってしまったようである。
恐るべし、ラーメンスープの威力!である。

それにしても、
いや~、世の中、いつどこで何が起こるか分からない。

ちなみに、この頃はガラケー(ガラパゴス携帯)持ちであったが、
現在所有するケータイは防水機能付きのiPhoneである。
ラーメンにも耐えうるかどうかは???だが。

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思わぬ出来事(台所編)

                        
それは台所で起こった。 うちの台所の流し台の上は非常に狭い。 (今風&おしゃれに言うと、うちのキッチンのシンクの上は非常に狭い。) 流し台の上に小さなまな板(約30cm×15cm、厚さ2.5cm)を置くのも必死である。 先日、このまな板が台所で作業中に足の上(足指)に落っこちてきた。 ううっ、痛い…! その場にうずくまって悶絶した。 しばらくしたら痛みは消え、ひどく腫れるようなこともなかった。 思ったより...
それは台所で起こった。

うちの台所の流し台の上は非常に狭い。
(今風&おしゃれに言うと、うちのキッチンシンクの上は非常に狭い。)
流し台の上に小さなまな板(約30cm×15cm、厚さ2.5cm)を置くのも必死である。
先日、このまな板が台所で作業中に足の上(足指)に落っこちてきた。
ううっ、痛い…!
その場にうずくまって悶絶した。
しばらくしたら痛みは消え、ひどく腫れるようなこともなかった。
思ったより大したことがなくて良かった。

少々昔の話になるが、以前、台所でもっとこわいことがあった。
いつもお肉が安売りの時に大量に買ってきて、小分けにしてラップで包み、冷蔵庫の冷凍庫にストックしてあるのだが、
冷凍庫の扉を開けた瞬間にカチコチに凍ったお肉のかたまりが、同じく足の指(親指)に落っこちてきた。
この時はもんどりを打っての悶絶であった。
足の指はみるみるうちに二倍くらいに腫れあがった。
マンガみたいな腫れ方に涙が出るほど大ウケしたが、それと同時に涙が出るほど痛かった。
夜中であったが、その足で自分で車を運転し病院に行った。

足


レントゲン撮影のあと診察室に通された。
こんなに腫れてるから足の骨が折れてるかも、と思ったが骨は大丈夫であった。
「打撲ですね」、医師がそう言いながらカルテを記入している。
「で、何が落っこちてきたんですか?」そう聞かれ、
「肉です。肉!お肉です。それがこうやってここに落っこちてきたんです。」とジェスチャーつきで説明。

その瞬間に医師の手が止まり大爆笑し始めた。
「いや~、長年医師をやってるから色んな物が落ちてきた、と聞くんですが、肉ですか!肉!ほぉ~、肉ですか。」
「肉は初めてです!!」と医師。
「肉で打撲、…ね。」とそう言いながら医師は終始笑いながらカルテに記入。
完全に笑いのツボにはまっていた様子であった。
横で看護師さんも大爆笑、であった。
私も爆笑であった。

それにしても、足の指が二倍くらいに腫れあがった時は「絶対に骨折してる」と思ったが、打撲ですんだので不幸中の幸いであった。
いや~、世の中、いつどこで何が起こるか分からない。
家の中でも危険がある。
まさにそういう出来事であった。

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さすらいの仕事人(おいたちより)

                        
離婚後、約束した養育費が支払われることはなかった。 収入は全くなかった。が、子どもが人間を極度に怖がるため保育園に預けることは出来ず、働きに出るのは不可能だった。 この間の生活は、出産前の長期入院で得た生命保険の入院給付金でなんとか食いつないだ。 子どもが5歳の頃、人間に対する恐怖心を克服し保育園に通えるようになった。 私はさっそく仕事、働き口を探した。 はじめに結婚前にやっていたプログラマー...
離婚後、約束した養育費が支払われることはなかった。
収入は全くなかった。が、子どもが人間を極度に怖がるため保育園に預けることは出来ず、働きに出るのは不可能だった。
この間の生活は、出産前の長期入院で得た生命保険の入院給付金でなんとか食いつないだ。

子どもが5歳の頃、人間に対する恐怖心を克服し保育園に通えるようになった。
私はさっそく仕事、働き口を探した。

はじめに結婚前にやっていたプログラマーの仕事をあたってみた。
5年以上のブランク、その間パソコンに触れる機会も全くなかった。
当時この業界(IT業界)は日進月歩でめざましく変化、発展していた。
私は完全に浦島太郎になっていた。
当然ながら、どこを応募してもことごとく不採用であった。(IT業界、パソコンの今昔については後日また詳しく綴ろうと思う。)

気を取り直し他の職種で探すことにした。
バブル時は引く手があまたであった求人が、バブル崩壊後は大学の新卒者でさえ就職に困る状態であり、一日に2社、3社と面接を受けても働き口はなかなか見つからなかった。
そして最終的には、こちらから望まなくとも「うちで働きませんか?」と招いてくれる業種、生命保険会社のセールスレディとして働き始めることにした。

勤めていた保険会社は、その月のノルマを達成していればあとの時間は自由に過ごしてOKだった。子どもの体調が悪いとき、保育園の行事の日も気兼ねなく休みをとることができた。
そのかわり、ノルマは非常にきつかった。

会社は「ノルマを達成するには親族や知り合いに保険に入ってもらいましょう」と勧めていた。実際にそうしてノルマを達成している人がほとんどであった。
しかし義理立てで親族や知り合いに保険に加入してもらう、というのはどうも性に合わない。
そこで私は、毎日住宅地図を色ペンで塗りつぶしながら、お宅や会社をくまなく一軒一軒まわってセールスした。
自分の成績やノルマにこだわらず、お客さんにマッチする保険を勧めた。
そうしているとそのうちにお客さんの方から「保険に入りたい」と声をかけてくださることがあった。

生命保険の仕事のノルマは、お客さんが加入する保険の保険金額(死亡時に支払われる金額)が計上される。
仮にノルマが5000万円なら、ひとりの人が5000万円の保険に加入すればノルマが達成できる。
1000万円の保険だと5人(5件)の加入が必要になる。
(必要以上に大きな保障を勧められる理由はここにある。)

ノルマにこだわらないセールスは、とにかく件数を積み重ねる必要があった。
やがてノルマがどんどん上がっていくにつれ、毎夜ノルマに追われる悪夢を見るようになり、元々押しが弱い性格ということもあって、この仕事が一生の仕事になることはなかった。

これ以降、私はさまざまな仕事に就いた。
しかしどれも長続き出来ず、そのたびにまた一から仕事探しをしている。
さまざまな仕事の中には「安全靴にヘルメット着用」のガテン系の仕事もある。
さながら「さすらいの仕事人」なのであった…。
(その他の仕事の話はまたおいおいに。)

さすらい

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●持ち運びに便利なストッパー付のハッピーデオ デオドラントウォーターは、いろいろなシーンで使えます。●お出かけ前に。●スポーツの後に。●入浴後やシャワー後に。●暑い夏にほてった体を瞬時にクールダウンしたいときに。●ボディシートで汗をふき取ってからウォーターで仕上げれば、ひんやり&まるでシャワーを浴びたような爽快感です。

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